こんにちは。東京滞在のパトリックです。
最近Oh My Japanという日本語話者と英語話者を繋ぐソーシャルネットワークサービスの開発に力を入れています。サイトの特徴は①英語版も日本語版もある②真面目な方、真剣な付き合いに対応していることです。
こんにちは。東京滞在のパトリックです。
最近Oh My Japanという日本語話者と英語話者を繋ぐソーシャルネットワークサービスの開発に力を入れています。サイトの特徴は①英語版も日本語版もある②真面目な方、真剣な付き合いに対応していることです。
日本語で「ハーフ」は日本人と外国人の子供のことを言う言葉だ。そもそも一人の人間を「ハーフ」(二分の一)と呼ぶのに抵抗があったが、「ニューハーフ」という言葉に出くわした時はさらに混乱…
「親の関係」と「性別承認」は何の関係もないと思ったらから。
ずっと調べてみようと思った。そして、やっと調べた今日。
ヤフー知恵袋とWikipediaによると(まあ、結局まじめに調べなかったので前もっと謝る)、なんと僕の好きなサザンオールスターズが語源だ。(僕の好きな)「マンピーのGPOT」等、超くだらない歌をたくさん作り出したサザンオールスターズにその力もあったのか?となかなか納得できない今。
言葉遊びが面白くても、他の人のことを言葉で表す時、相手に対して思いやりがなかれば危険だと思う。で、少しでも考えて見たら、「ハーフ」でも『ニューハーフ」でも「ハーフ」じゃないことがわかるはずだ。「ハーフ」と考えたがる人の方が何か人間的に欠けているのではないか?
今日、二週間前から開発し始めた機能(スマートフォン等のモバイル端末の使いやすさを向上するためのもの)をリリースしました。
モバイル端末のための開発はモバイル端末を使うことに似ています。自分の手が大きすぎて、デバイスの画面が小さすぎて、誤ってどこかをタッチしてシステム設定が変わったりする辛い毎日です。
毎年、税金の整理がより時間かかるような気がする…
今年は日本のに加えて、アメリカ合衆国の国・州やアメリカの株式会社の国・州の報告書を準備しなければならなかった。(まだ全部は終わっていない。)
自分の場合、日本で得た収入の34%が日本の税金でなくなった。アメリカで得た収入の32%がアメリカの税金でなくなった。(今年は日本の収入がアメリカの二倍だった。)一応日本の方は高いが、健康保険は入っている。たかが2%で健康保険を手に入れることが魅力的。
考えて見ると、不思議なことに、アメリカで収まった税金の一部も日本で収まった税金の一部が米軍に流されていることになる。
今日はOh My Japanの不具合を修正した。今回の不具合はメンバーの名前が同じ場合、メッセージが不可能ということだった。例えば、「くみこ」「ゆき」「めぐみ」等は受信不可能だった。
もともと自分が書いたコードではないので、直すのにちょっと苦労したが、前回の不具合より早く修正できたので嬉しかった。
日々の改善は最高のものを産む。数万年磨けば、炭だってダイヤになる。
最近、背中が痛かったから、僕を一日中僕を支えてくれる最も身近な存在を責めた。(椅子のこと)
だから、三ヶ月分の飲み代でトレッドミルを購入した。理由は、一日座りっぱなしに過ごすと背中が痛いからだ。この前はお風呂用のマットの上に立っていたが、立ちっぱなしは座りっぱなしより痛かったので、「機械で散歩」でかなり良くなったが、自分がハムスターになってしまった気がしてならない。
今日は祖母の誕生日だ。そして、バレンタインデーだ。
子供の頃から祖母を可哀想な人に思っていた。なぜならば、祖母は自分の誕生日の夜に食事に行く時、必ず冬の終わりまで続かないカップルのイチャイチャを我慢するしかないからだ。
なぜ僕らはバランタインデーを祝うのか。僕にとって、今日は不要な祝日の一つとしか思えない。大金持ちに免税のようなものだ。
というのは、自分を幸せにする相手が居たら、毎日が幸せなはずだ。そして、「今日こそ二人の関係をお祝いしたい」と思っている方には「記念日」というものがある。
言うまでもなく、「記念日」はカップルそれぞれ違って、周りの人が知らない二人のプライベート的なもの。それに対して、バレンタインデーは恋を見せびらかす対象にさせる。でもそもそも恋はプライベート的なものだ。二人の気持ちは本人同士しか知らない。(※片思いの場合を除く。)
だから、祝日だったら、「恋人を祝う」ようなものではなく、「自然消滅で友情関係がなくなってしまった人と連絡を取ろう」というようなことをテーマにしたものが良いじゃない?このことで友達をなくした人は少なくないし、自らやろうと思わないようなことなので、どうだろう?ただ、商業化されにくいから、現実的ではないかもね。
(日本語版は英語版のインチキな翻訳だ。前もってお詫びします。)
確か、ニーチェが「哲学は山登りのようなことだ。そして、登山者を好む者はいない。」というようなことを書いた。ごもっともだと思う。
小さい頃、僕は哲学的な人生を送る夢を持っていた。二階のバルコニーにあるクッション付きのロッキングチェアに座って、赤ワインを飲みながら知識に溢れている本を読んで、日が沈むと友達がやってきて、夜遅くまで家にあるバーでギネスを数パイント飲みながら人生について語り合う。
しかし、この夢は大学という海岸に砕けてしまったのだ。それは、大学時代僕は実際に山に登ったからだ。
本格的に山登りしてみたまでわからなかったのは、登っている時の眺めは実はそれほど芳しくないものということだ。登り途中、基本的に石しか見えない。まあ、後ろ向いたらそれなりの眺めを楽しめるだろうが、誰も後ろ向きなんかしない。ガッカリするからだ。
そして、登れば登るほど空気の酸素率が低くなる。眺めが呼吸に反比例するわけだ。
そして、頂点に辿り着いたら、まずは渇水状態にならないように水を飲んで、同行者に「お疲れ様」と言っておいてから、数分間眺めを拝見する。その後は帰る。
誰しも頂点に住めない。
僕の失敗とは、頂点に住もうとしたことだ。
①酸素が足りない。
②コンビニどころか、雪以外の食べ物はない。
③世間に変人扱いされる。
ところで、初めて山を降りた時、怪我してしまった。統計を見ると、登るより降りる時に怪我する人が遙かに多い。
思えば、哲学もそうだ。
では、また明日。
東京の皆さんへ、
雪が嫌でも水をかける活動は止めましょう。水をかけたら、確かに雪は一旦消えますが、その代わりに滑りやすい氷が出来てしまいます。冬の被害と言えば、お年寄りにとって一番危ないのが転んだが故の骨折です。雪のままですとそれほど危なくないのに、頑張って水をかけけて氷を作ってしまうと偉いことになりかねません。
このような時、何もしない方がましです。便利第一ではなく、安全第一のではありませんか?
今日は日本語の掲示板で数多くの「今日は一人だよ。寂しいね。」というような投稿を見た。「もしかして2月14日?」と思ったが、暦を確認したところ、まだ12月だった。
ところで昨日は「ナイトメアー・ビフォア・クリスマス」という名作を久しぶりに観た。話を簡単に纏めると、ハロウィーンの王様が調子にのってサンタになろうとする物語だ。ハロウィーン町の町民が別の世界にあるクリスマス町の習慣を真似してみるが、結局自分の文化と違う祝日の心を把握出来ず、全てが失敗に終わる。
アメリカではクリスマスは恋人と過ごす祝日ではなく、基本的に家族と過ごす祝日だ。確かに「誰も一人でいたくない日」だが、これは軽薄な意味ではなく、イエス様のご家族、すなわち人間の皆さんが一緒に過ごす日という意味である。ここでの「家族」は血で繋がっている家族ではなく、神秘的に繋がっている人間同士(縁のある人間同士)の意味だ。例えば、自分の家族の他に、大学生なら故郷に帰れなかったルームメートをうちに誘うのが当たり前だ。家族から逃げて恋人だけと過ごす祝日なんてあり得ない。
クリスマスの心は、皆が皆を快く受け入れることだ。普段はいろいろな段階に分けられている社会が一つになる。商人もお客さん、親も子、王様も奴隷。
キリスト教の考え方によると、「愛」(love)には様々な種類があり、その中に恋人同士の愛、両親と子供の愛、友達同士の愛等がある。これらの愛には順番があり、一番深いのがイエス様と人間の愛。なぜならば、この愛の印は神様が自ら自分の息子を生け贄にしたからだ。クリスマスは神様が人間にその「贈り物」をあげた日の記念日で祝日となった。
でも日本ではバランタインデーの続きになっているようだ。格差が激しい。
「ナイトメアー・ビフォア・クリスマス」のモラルを僕に言わせれば、「形から入れるものとどうしても形から入れないものがある。よく考えてからやってみると良い」のようなことになるだろう。
まあ、僕はクリスチャンではないが、せっかく意味のあった日が無意味になるのはもったいないと思う。
「いただきます」の前に必ず写真を撮るようになった。こういう意味で自分も日本の文化に近づいているかなと思う時がある。そして、スマートホンのあるゆる使い方に対してアプリがもう開発されている時代だから、自分の食事の写メを自動的にインターネットにアップロードしてブログを作成するものがある。
結果は下記の通り。
https://www.evernote.com/pub/frogfroth/epicjourneyintomystomach
僕の毎日の食事に興味がある方(そもそもそのような方はいらっしゃるのかな?)どうぞ。
The Epic Journey into my Stomach
(お腹へのヘソ道)
pictures of most of the things I eat
(僕が食べて料理の写真特集)